経験がなくてもわかる杉並区 税理士
イプサムのネーミングはラテン語の『本来の』とか『元来の』ということばだということだが、それとて家族や友人と楽しく過ごす時聞を大切にすることが『本来の』生活の姿であるという深い意図がこめられているとか。
なるほど、人聞が生活をエンジョイする本来の空間と考えるならば、この三つの車種は共通して『部屋』であり『生活空間』を意識したパッケージングということになる。
ラウム『部屋』そして極めつけの乗用車一九九七年五月の末、こうした部屋感覚のワンボックスカ-の末娘ともいうべきラウムが発表された。
スターレットを除けば、Tとしてはもっとも小型の乗用車シリーズであるターセル/コルサ/カローラHのプラットフォーム守利用しながら、全長はそれらより一O叩も短くしたモデルである。
さすがにここまで小さくなると、二一列シートは採用することはできない。
が、これもまたあくまで人間のための空間という意識のもとに開発されたクルマである。
ラウムの構想の発端となったものは、意外なほど古い。
それは一九九一(平成一二)年のこと、であった。
バブル全盛のころである。
それは一九九三年の東京モーターショ-用のコンセプトカーづくりとしてスタートし、そのショーで『ラオム』という名称をあたえられてデビューした。
ラウム開発の中心人物、都築功はその当時は担当してはいなかったが、このコンセプトカ-『ラオムH』についてこう語っている。
「当たり前のようですが、人聞が乗ることそして人間に優しいクルマということにポイントをおいていたため、たしかにル-ムは広いものでした」そのときの特色は、大きな平らな床と巨大な二枚のスライドドァ。
大型乗用車のリムジンに匹敵する広い菌室、前席はむろんだが後席に対しても乗りやすきを重視した幅の広いスライドドアによって、『新時代のセダン』はこうあるべきという触れこみであったが、デザイン的には未成執川て、ショーを訪れた人びとにもあまり目立たず、また専門家の評価も低かった。
だが、新しいセダンという狙いをTの上層部は大切にした。
「あのコンセプトヵーを量産できるようにしたい」そのような意見が出され、デザインの練り直しが指令されたのである。
コンセプトカ-のときは、ベースをコロナのプラットフォーム流用ということ、であったから、かなり大きなボディになっていたのだが、それが一転してもっとも小さなタ-セル/コルサをベ-スにすることになった。
そうなってからの最初の発想は、ラオムのコンセプトカーとはかなり違ったもので、コンパクトな二ドアのコ京ツクス車だった。
新時代のセダンを目指すとはいいながらも、あまり変わったものにしては違和感が出るという声があったからだ。
リヤをノッチにした二ドアセダンのデザインは、そのころ本格的に機能し始めたデザイン部とTの関連企業、セントラル自動車輔のデザイン部門との共同制作で誕生したのだが、この案は結果的には採用されなかった。
それどころかデザインを評価するプレゼンテーション、それも役員が参加するかなり大きなイベントが実に一O回も繰り返されたというのだから、いかにこのクルマが難産であったかがわかろうというものだ。
二ドアが四ドアに変わり、=コホックスからまた二ボックスになったり、再びリヤにノツチをつけたり、まさに悪戦苦闘だった。
だが、スライドドアによって乗降性を良くするという最初のアイディアは、リヤドアに残された。
「自動車のドアはもう改善の余地がないように思われてきましたが、工夫すればもっと使いやすいものになることを、このクルマで実証てきたと思います」と都築が語るように、ヒンジの取り付けを傾けることで、聞いたときドアの姿勢が変化しドアの後部の上側がすこし上側、そして前方に逃げるように動く。
これで狭いところでも身体が入りやすくなる。
スライドドアは狭いところでも大きく開くので、乗降性は非常によくなるが、坂道などで不用意にドアが動いてしまう心配もある。
ラウムでは、全開にしたときにはロック機構が働いて自然に閉まることを防止している。
この場合、内部あるいは外部のドアハンドルを操作すればロックは解除されて、自由にスライドする。
四ドアになってから室内のデザインも白紙に戻され、とくにインパネのデザインはころころ変わった。
リヤピューも一般的なボディの下部の住置から、都築がCどになってから高い位置に機能的な丸形三連式のものに変更された。
都築はそれまで、ソアラやス-プラといった高級スポーティモデルを担当していたが、一転してタ-セル/コルサ/カローラHのCEになり、このラウムも併せて引き受けることになったのだった。
彼は乗用車が自動車の中核てあるとするならば、『人が乗る』という基+本理念をもとにして、もっともっと外(これまでとは違う機能ということか)に向けて発展していくことが必然だとする。
だから、このラウムはあくまでセダンであり、乗用車なのだ。
もっといえば乗用という機能を展開して、乗りやすく使いやすいものにした乗用車の普遍性守追求したものなのだ、という信念をもっている。
それはまさに『部屋』としての自動車であり、ワモノではないといいたいのだろう。
奇をてらった新機軸だけが売りもののキ二O年前に自動車が初めて市販されたころ、それはいまでいうオープンカ!としての誕生であった。
キャビン(客室)は自動車の前身である馬車の時代から存在したが、それは御者に操縦をまかせる貴族的な乗物であり、自分が操縦するものでは、移動するための装置という感覚が強かったのではないだろうか。
その概念をひきずってきた乗用車(セダンやク-ぺ)には、これまで、世界的に見ても『部屋』という感覚は薄かった。
装置、であれば、自分の好みのままに乗りこなして、その性能をフルに引き出すことが大きな目的になる。
それが、自動車の歴史のなかで華やかな存在となったスポーツカ-の基奉的な理念になり、いわゆる乗用車では、名前こそ乗用だが使う側にも、開発をする側にもその機能をフルに展開していこうとする意識が乏しかったということができよう。
バブル崩壊は自動車業界に厳しい試練を与えたが、別の見かたをすれば試練のなかで自動車というものをより深〈考えるチャンス、であった。
そしてTが出してきたひとつの同答が、人が乗る空間はいかにあるべきなのか?を問い直し、そこに『部屋』という概念を強調した動きとして、イプサム、スパシオ、そしてラウムという車種に到達したと見るべきではないだろうか。
一二世紀を目前にして、新しいクルマづくりは、『部屋』あるいは『生活空間』という切り口を追求したTのいま着実に歩みはじめている。
あとがき世界には七億台の自動車がある。
そして日々刻々、増え続けている。
びとに愛されてきた機械はあるまい。
なぜだろうか。
それは自動車が、単に物資や人聞の移動手段として便利だということだけではなく、私的な移動空間として使う人びとに楽しさを与えるものだからだ。
所有することはもちろん、時としては鑑賞の対象としても、人間に感動や喜びを与えてくれるからといってよい。
だが、それらを自動車の光の部分とすれば、影というべき部分も多い。
悲しいことに七億台の自動車のほとんどは、有限の資源である化石燃料を決して効率的とはいえない方法で浪費してきた。
地球環境にとって有害な排気や騒音・振動を発生し、あるいは事故という悲惨な現象をもたらしている面も見過ごすことはできない。
自動車を使う人間も、またそれを開発し供給するメーカーにとっても、このマイナスの部分をいかに除去するかが大きな課題である。
とくに自動車づくりは、大きな変革に直面している。
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